京都大学経営管理大学院・経済学研究科は、令和6年12月14日に第108回京都管理会計研究会を総合研究2号館講義室1にて開催し、会場をZoomで中継するハイブリッド開催としました。本研究会は、研究者・実務家・院生を対象に管理会計研究の最先端の研究成果について知見を共有することを目的としています。
当日は、白木秀典氏(千葉商科大学経済研究所 客員教授)より「近年の医療機関の生産性から考えた経営管理の課題」と題して報告が行われ、出席者と議論しました。
報告は4部構成で行われました。
第1部では、近年の医療・介護業界の生産性の動向について、付加価値額(産出された量からそれに投入された機械や土地などの資本と労働量を減じたもの)を労働投入量で割ったものを労働生産性と定義し、以下3点について説明しました。
・他業種と比べて医療・介護・福祉業の労働生産性は低いこと
・医療・福祉業は付加価値に対し過剰に労働量が投入されているものの、少子高齢化により労働需要は年々増加しており、需要に対する供給は不足していること
・付加価値の高い産業から付加価値の低い産業(医療・福祉業)への雇用のシフトが起こることにより、日本経済全体の労働生産率が低下していく可能性があること
第2部では生産性向上を阻害してきた要因として、過去10年「医療の質の向上」として病床の回転率を高めて診療報酬を加算することへの政策誘導が行われてきたことが最初に挙げられました。また、特に病院の労働生産性について、制度変更をめぐるターニングポイントとして平成16年の新臨床研修制度により大学医局に残る研修医が減少・過重労働が起こったこと、平成18年の7対1看護基準(看護師一人が7人の患者を担当する)の導入により患者数に対する看護師の需要が高まり、取り合いが広がったことが挙げられました。7対1病棟とは急性患者を扱う病棟であるため、在院日数が減少し病院の収益性の改善には寄与しましたが、全国で想定以上に7対1病棟が増えすぎた結果、看護師の投入量に対して次の入院患者を確保することが困難となり、かえって7対1病棟を減少させる方針への転換を強いられるなど病院においては最適な病床数・医療従事者への負担を調整する困難さが示されました。医療介護の業界では生産性向上策が普及してもそれを織り込んで診療報酬が改定されてしまうため金額ベースではその生産性向上はゼロに調整され、実質的な価値としては下落するという公定価格に左右されてしまう業界特有の要因やヒアリングによって明らかになった減算制度・配置基準により複数事務所の経営統合や人員の効率的配置が阻害されていることなどが指摘されました。
第3部では、医療産業業界の特性と病院の経営概況について報告が行われました。資料では豊富なグラフデータから、医療機関はこれまで7対1病棟を増加させるなど人的資源の投入量を増やし、在院日数を短くして回転率を上げることによって生産性を向上させようと図っており、また2020年以降はコロナ補助金により黒字の状態を継続することができていましたが、前述の人的資源の投入量増加によって増大した人件費に収益が追い付かなくなってきているため、2024年以降には赤字に転落する危険性があることが示されていました。また次節への接続として、7対1病棟の増加に代表される投入量を増やすことにより付加価値を増加させる型の生産性向上策に限界が見て取れる以上、資源投入量を増やさずに付加価値を増加させる・付加価値を下げることなく資源投入量を減らすといったようなマネジメントによって生産性を向上させるような取り組みが今後は必要になることが示唆されました。
第4部では、生産性向上のための経営の軸として「戦略的ポジション」と「経営管理能力」を2つの軸として挙げました。戦略的ポジションの向上策の一つとして規模拡大があり、病床規模別の収益性の分析を行ってみたところ規模別の利益率の格差は減少してきており、また病床規模と収益性に相関性は特になかったとのことです。しかし診療内容による差はデータで示されており、7対1病院においては特定の診療科に特化した方が効率がいいことを裏付けるデータが紹介されました。また業界構造に対して働きかける行政の試みとして地域医療構想というものがあり、各病院を再編・統合することによって業態変換を図っているとのことです。公立病院ではこのような再編・統合の動きに反発もありましたが、データとしては限定的ながらもネットワークによる経済効果の事例が挙げられていました。また経営管理能力について、具体的な施策として短期的なOperationの向上・長期的な事業の集中や、病院向けアメーバ経営によるV字回復の事例なども挙げられました。管理会計の実践度が高い医療法人ほど医業利益率が高いという主張についても紹介しました。
参加した約15名の研究者・院生や実務家などと講演者の間で活発に議論が交わされ、盛会のうちに終了しました。