京都大学経営管理大学院・経済学研究科は、令和8年1月10日に第118回京都管理会計研究会を京都大学総合研究2号館にて開催し、会場をzoomで中継するハイブリッド開催としました。本研究会は、管理会計分野における理論的・実証的研究の進展を共有するとともに、実務との接点を意識した活発な議論の場を提供することを目的としています。当日は、研究者、実務家、大学院生など14名が参加しました。
今回の研究会では、矢野厚登氏(名古屋商科大学ビジネススクール 教授)より「中小病院のMCS担い手としての事務長の役割」と題した報告が行われました。報告は、近年の医療機関を取り巻く経営環境の変化を起点として構成されました。具体的には、高齢化の進展や社会保障費抑制といった制度的要因に加え、インフレの進行や人手不足、さらには建築費高騰や施設の老朽化といったコスト構造上の課題が、中小病院の経営に強い制約を与えている現状が整理されました。このような環境下において、病院経営の持続可能性を高めるためには、管理会計を通じた計画・実行・評価・改善のマネジメントサイクルをいかに機能させるかが重要な論点として提示されました。
続いて、先行研究の整理を通じて、医療機関における管理会計研究の蓄積が概観されました。特に、管理会計手法の「導入有無」だけでなく、「どの程度組織に定着し、実際の意思決定や行動変容に結びついているのか」という点に着目する必要性が指摘されました。その上で、本研究では、中小病院における管理会計マネジメントサイクルの定着・活用の差異を生み出す要因として、事務長の役割に焦点を当てるという問題意識が明確化されました。
報告では、①管理会計が定着・活用されている病院とそうでない病院の違いは何か、②管理会計マネジメントサイクルの形成・維持において事務長が果たす具体的役割は何か、③事務長が組織内でどのような位置づけにあり、どのような制約の下で行動しているのか、という三点のリサーチクエスチョンが提示されました。これらの問いに対し、2023年から2025年にかけて実施された中小病院へのインタビュー調査の結果が報告され、予算管理や原価計算、BSCなどの管理会計手法の活用状況、会議体の設計、関与主体の違いなどが比較・整理されました。
分析からは、同規模・同地域であっても、管理会計の活用度合いには大きな差が存在すること、そしてその差異が、事務長による情報の翻訳・調整機能や、医師・看護部門との関係構築のあり方と深く関係している可能性が示唆されました。管理会計が単なる数値管理にとどまらず、現場との対話を通じたマネジメントの共通言語として機能しているか否かが、マネジメントサイクルの定着を左右する点が印象的に示されました。
報告後の質疑応答では、医療現場に特有の専門職間関係や「医経分離」の構造の中で、事務長がどこまでマネジメントを主導できるのか、また人的・時間的制約が厳しい中小病院において、管理会計をどのように現実的な仕組みとして運用すべきかについて、活発な意見交換が行われました。会場からは理論的含意に関する質問や現場感覚に基づいたコメントが寄せられ、管理会計研究と医療経営実務の接点を改めて考える機会となりました。
本研究会は、管理会計の担い手という視点から中小病院経営を捉え直す意義を共有するとともに、今後の研究深化や実務応用に向けた示唆を得る場となり、盛会のうちに終了しました。
